沖縄と音楽 僕が沖縄に来た訳
僕が沖縄に興味を持ったきっかけは、家の車のつけっぱなしになっていたラジオから流れてきたこの曲を聴いたことだった。
ポップス風なアレンジではあるが、とても有名な沖縄民謡らしい。
この曲を聴いて僕は不思議な気分になった。まるで水を飲むように、
自然に自分の体に音楽が染みていく感じがした。懐かしく、楽しく、幸せで、しかし泣きたくなるような気分だった。
僕はバンドもDJも基本的には海外の音楽をやってきた。
J-POPをやることもあるけど、J-POPだって基本は海外風の音楽だ。
そんな音楽をやっていて、こういう気分になることはなかった。
自分は日本人なんだ、日本の音楽を知ろう、と強く思った。
方言周圏論という考え方がある。
新しい言葉というのは文化的中心地から周辺へ伝播していくから、遠いところほどより古いものが残っているという考え方である。
だから、日本語や日本の文化・宗教について研究している人たちは、沖縄の離島に行ったりするらしい。
僕が沖縄の音楽に懐かしさを覚えるのは、やはり沖縄の音楽が日本の古い音楽だからではないか。
観光客向けの民謡居酒屋にも行った。地元の老人が集まる民謡酒場にも行った。
沖縄の人はよく踊る。
踊ることは人類の基本的な喜びだし、ほとんどの民族は踊るための音楽を持っていると思う。しかし東京の人は祭りでもなければ日本の音楽で踊らない。
僕らの祖先が踊ってきた音楽。僕はそれを求めて沖縄にやってきた。
余談だが津軽三味線にも興味がある。
ミニマルかつスピリチュアルな音楽だと思う。
沖縄民謡がハウスなら津軽三味線はテクノというか。。。
これもそのうち本場に聴きに行きたい。
沖縄の表と裏 滞在4日目の雑感
「沖縄には表と裏の顔がある」
初めに自分のことを書いておくと、
僕は東京の会社を辞め、目前に控えていた結婚を辞め、単身那覇にやってきた。
あの生活を続けることで、人生に数十年単位の見通しが立ってしまうことが怖かった。
そしてDJとして、沖縄では何か面白い体験ができそうだと思ったのだった。
「沖縄には表と裏の顔がある」とは、沖縄で15年ほど生活していたDJの先輩の言葉だ。
表とは観光地としての沖縄、裏とはアンダーグラウンドシーンの存在する地元としての沖縄、と解釈していた。
那覇に滞在して4日目。僕はその言葉の本当の意味が分かってきた気がしている。
到着から3日間、僕はこの街の人と音楽を知るため、夜な夜な居酒屋やクラブに足を運んだ。
驚いたのは、地元沖縄の人間よりも、「移住者」の人間によく会ったことだった。
ある居酒屋では、そこにいる5人ほどの若者全員が移住者だった。ある2人は「相模原出身なんだ!地元近いね!」なんて話をしていた。
この街の「移住者」の多さ。
定年を終えた老夫婦の移住ならともかく、若者の移住なんてただごとではない。多くのものを捨てる決断だ。僕にとってもそうだった。
みんななぜ、この街にやってきたのだろうか。前向きな気持ちだったろうか。
沖縄の表の顔。陽気で気楽な南国の楽園。
そして裏の顔は。
僕は口に出すのが怖い。
この街でどう過ごすのか。意志を固くしなければ、僕にとっての沖縄生活も裏に飲まれてしまいそうだ。